write.kogu

小ネタ:鈴木周作抄訳『ペルリ提督 日本遠征記』テキストデータ化:3.凡例

『ペルリ提督 日本遠征記』

この投稿は、明治末に出版された『ペルリ提督 日本遠征記』(鈴木周作抄訳)をテキストデータ化する作業の一部である。作業の概要については小ネタ:鈴木周作抄訳『ペルリ提督 日本遠征記』テキストデータ化:1.はじめにを参照のこと。

  • 入力が難しい、あるいは字形の無い箇所は、代字とともに■を置く
  • 「現代文訳」はかなり意訳している
  • 誤りや改善等あれば、Twitterで@belbomemoまでいただけるとありがたい

今回は凡例部分。

凡例

原文

凡例

一、本書は千八百五十六年合衆國國會コングレスの命によって發行せられしコンモドア官エム・シー・ペルリの合衆國日本遠征記(United States Japan expedition by Com. M.C.Perry)の第一卷を抄譯せしものなり。

一、原書はフォリオ版五百餘頁、挿むに數多の圖畫を以てし、當時に於ける日米條約締結の事情■始末より、日本の國情■、施設、風俗、習■慣、風土、文物等、百般の事物に亘りて詳述■盡さざるはなく、其の好奇の眼を瞠り、透徹の批判■を加え、隨處何等かの感想を附する處、大に傾聽すべく、又噴飯すべく、微笑すべきものあり。洵に、日本開國の由來と其の當時の社會とを知らんと欲するものには缺くべからざる貴重の史料たると共に、興味豊かなる一種の旅■行記■の性質を備へたり。抄譯は史實と興味とを旨とし、之に關する記■事は殆ど之を譯載し、航海、氣候、産■物等に關するものは之を省略せり。又■一般の讀者に應ぜんとの希望を以て、文字を平易にし、口語體を採■れり。

一、原書に記■載せられたる日本の地名、人名、其の他の固有名詞は、多くは發音を異にし、殆ど判■別に困しむものあり。其の内の幾分は之を本邦の史籍に勘考して、正當の名稱に改め、又■譯註を加へなどせしも、業未だ終■わざるに、抄譯者俄に東都を去らざるべからざるに至り、偏陬の地殆ど史籍の参■考すべきものなく、下田の卷以下に於いては、僅に不完全なる羅馬綴の發音を辿りて、臆測の名稱を之に當て、其の下に?の標を置く。其の正鵠を失へるや固よりなり。他日機を得て勘考訂正せんと欲すれども、偏に讀者の指敎を仰ぐ。

一、原書中日本固有の名稱を誤■れるもの尠からず。例へば將軍を指して總てエム帝■ペロルと呼べるが如し。此の類の誤■謬往々あれども、皇帝■を將軍と正しし外、多くは其の儘に存せり。

一、原書は海軍造船大監■櫻井工學博士の所■藏にして、博士が此の貴重なる珍書を貸與せられ、且公私の事務多忙なるにも係らず、此の拙劣見るに堪へざる本書を鄭重に校閲せられ、一々缺點を指摘■して訂正せられし其の厚意は、誠に抄譯者の感謝に堪へざる所なり。

一、抄譯者が本書を抄譯するに至りしは、全く親友岸田繁次郎君の勸誘に依るものにて、君が始終■抄譯者に助言と奬勵とを與へられ、而して本書の出版せらるるに至りし亦君の斡旋に依る。厚意謝するに餘りあり。茲に改めて復櫻井先生と岸田君とに深く感謝の意を表す。

明治四十五年六月

愛知縣津島にて

鈴木周作しるす

現代文訳

凡例

一、本書は1856年アメリカ合衆国の国会の命によって発行された、代将コンモドア官エム・シー・ペリーの合衆国日本遠征記(United States Japan expedition by Com. M.C.Perry)の第一巻を抄訳したものである。

一、原書はフォリオ版(※編注:判型。全紙の半分)500ページ以上あり、多くの図画を用いて、当時の日米條約締結の事情から、日本の国情・施設・風俗・習慣・風土・文物等、幅広い事柄にわたって書き尽くしている。好奇の眼を向け、透徹した批判を行い、随所にわたって何らかの感想を述べている点は、大いに耳を傾け、噴飯し、また微笑むべきものなど色々である。真剣に日本開国の由来と当時の社会を知りたい者には、欠かすことが出来ない貴重な史料である。また、興味豊かな一種の旅行記という性質も備えている。抄訳は史実と興味深さを基準として、これに関する記述はほとんど掲載した。一方で、航海・氣候・産物等に関するものは省略した。また、一般の読者にも読んでもらいたいと思い、文字を平易にし、口語体を採用した。

一、原書に記載されている日本の地名、人名、その他の固有名詞は、多くは発音が本来のものと異なり、ほとんど判別が難しいものがある。その内の幾らかは我が国の史籍に照らすなどして正当な名前に改め、また訳註を加えるなどしているが、不完全である。抄訳者が急に東京を去らなければならず、辺境の地では史籍など参考すべきものない。そのため下田の巻以下においては、わずかに不完全なローマ字つづりの発音を頼りに、臆測の名前を当てつつ、その下に”?”の記号を置いた。元より正確さに欠けるが、いずれ機会を得て調べ訂正したいと思いつつ、読者からの指摘を仰ぎたい。

一、原書では日本固有の名前を誤っている場合が少なくない。たとえば将軍を指す言葉として全てエムペロルを用いている。この類の誤りがかなりあるが、皇帝を将軍と正した他、多くはそのままにしてある。

一、原書は海軍造船大監の櫻井工学博士の所蔵であり、博士がこの貴重な珍書を貸してくださり、公私多忙にもかかわらず、拙劣な見るに堪えない抄訳を丁重に校閲され、ひとつひとつ欠点を指摘し訂正いただいたそのご厚意は、抄訳者として感謝に堪えない。

一、抄訳者が本書を抄訳することになったのは、全て親友の岸田繁次郎君の勧誘によるもので、彼がいつも助言と奨励を与えてくれた。さらに本書が出版に至ったのもまた、彼の紹介によるものである。厚意に感謝して余りある。ここに改めて、櫻井先生と岸田君とに深く感謝の意を表する。

明治四十五年六月

愛知県津島にて

鈴木周作しるす

入力ノート

凡例は抄訳者である鈴木周作が書いている。内容は現代でもそのまま似た文章が載っていそうな、シンプルなものだ。Webの翻訳記事で見かけてもおかしくない。

序を書いた櫻井省三は、海軍でそれなりの地位にいたためか、すぐに情報に行き当たる。しかし抄訳者の鈴木周作については驚くほど出てこない。同姓同名のイラストレーターがいて探しにくいのもあるが、それにしても少ない。訳や出版に尽力した親友の岸田繁次郎についても、何も出てこない。勝手な想像だが、この抄訳以降は戦地にでも行ったか、単に他の業績が無いだけなのか。急遽東京を去る辺りが何か関係しているのか。

鈴木周作、櫻井省三、岸田繁次郎の三人を掘り下げるのは、難しいだろうが、明治末の物語として面白いかも知れない。

広告