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小ネタ:鈴木周作抄訳『ペルリ提督 日本遠征記』テキストデータ化:2.表題・序文

『ペルリ提督 日本遠征記』

この投稿は、明治末に出版された『ペルリ提督 日本遠征記』(鈴木周作抄訳)をテキストデータ化する作業の一部である。作業の概要については小ネタ:鈴木周作抄訳『ペルリ提督 日本遠征記』テキストデータ化:1.はじめにを参照のこと。

  • 入力が難しい、あるいは字形の無い箇所は、代字とともに■を置く
  • 「現代文訳」はかなり意訳している
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はじめに、表題部分と、原書を訳者に提供した櫻井省三による序文をテキストデータ化する。

表題

原文

工學博士櫻井省三校閲
文學士鈴木周作抄譯
ペルリ提督 日本遠征記
東京 大同館發兌

現代文訳

工学博士櫻井省三校閲
文学士鈴木周作抄訳
ペリー提督 日本遠征記
東京 大同館発刊

序文

原文

顧れば弘化嘉永の交、外舟頻に北邊南陲に出沒し、開國の氣運は漸く塾せしと雖も、眞に和親通商を眼目とし、平和と新厚とを以て我に臨みし北米合衆國のごときもの他に其の國ありしか。或は恐る、常時若し敵意ある他國の來つて、初めて我鎖■國の鍵に手を觸れなば、急轉打撃、兵火迸り、遂に及ぶ可からざるの條件を以て國を開くの巳むを得ざるに至りしを。然るに事玆に至らずして、浦賀の砲聲は日本開國の第一祝砲となり、神奈川條約亦其の先驅となり、是より瀛西の文物陸續として入り來り、遂に今日の國運隆々の素因をなししものゝ此の點に於て吾人日本國民が合衆國に負ふ所亦尠少ならずと謂ふべし。往年我海軍省より合衆國へ軍艦笠置并に千歳注文の事あるや、余監■督官として彼地に在り、此處にして史材を索めなば、米艦來航の事情■、兩國委員折衝の況狀并に所謂黒船艦隊■の果たして、如何なる艦船なりしやを審にし得べしと、公務の餘暇之が蒐集に勉め、華盛頓の米國海軍省に至り、語るに前事を以てせしに、果せるかな、同省には日本に渡来せし軍艦の圖面及寫眞を保存しありて、之を余に贈られ、且同艦隊■の引率者にして、同時に特命全権使節たりしペルリ提督の報告書なる日本遠征記三卷を得たり。就いて之を見るに、記叙精細、觀察周到、具に外交の委曲を述■べ、或は風俗を叙し、或は人情■を品し、間々畫圖を挿んで實相を示し、彼等の眼底に珍奇と映ぜし凡百の現象は、一種の感想と共に宛ら筆端に上り、吾人の知らんと欲して能はざりしもの、知るを求めずして知らざる可らざりしもの累々として現れ來つて、興快横溢、卷を措く能はざるものありき。

數年前、余該書收むる所の畫圖を幻燈に寫し、開國の始末を談ぜし事屢々ありしが、偶々鈴木氏の來つて之を抄譯せんと余に該書を求む。即ち快諾譯成るに及んで之を閲するに、新に編を別ちて項目を擧げ、頗る讀過■に便せり、且取捨精粗其の宣しきを得、原書の眞意を傳えて大瑕無きに邇し、努めたりと謂ふべし。

明治四十五年五月 海軍造船大監■工學博士 櫻井省三

現代文訳

思い返せば弘化から嘉永にかけ全国に外国船が頻繁に出没し、ようやく開国の気運が熟した。とはいえ、本当に和親と通商を目的に、平和と親交で我々に臨んだアメリカ合衆国のような国が、他にあっただろうか。恐ろしいことに、もし敵意をもった他国がやってきて、初めて我が国の鎖国の鍵に手を触れたとしたら、事態は急変し武力によって、ついには望まぬ條件で開国していただろう。しかしそのような事態にならなかったことで、浦賀の砲声は、日本開国の第一祝砲となり神奈川条約(※編注:日米和親条約)の先駆となった。これにより西洋の文物が次々と我が国に入り、ついには今日の隆盛の素因となったことについて、我ら日本国民は合衆国に少なからず負うところがある。

往年、我が海軍省より合衆国へ軍艦笠置と千歳を注文した際、私は監督官として彼の地に行き、そこで史料を探した。米艦来航の事情、両国委員折衝の状況、いわゆる黒船艦隊とはどのような艦船だったのかなどについて、公務の暇に収集につとめたところ、ワシントンのアメリカ海軍省には、予想通り日本にやってきた軍艦の図面及び写真が保存されていた。私はこれを贈られ、さらに艦隊の引率者にして特命全権使節であったペリー提督の報告書だという日本遠征記三巻も手に入れた。それらを見ると、記録は精細で観察は周到、外交の詳しい点まで述べており、あるいは風俗を記し、あるいは人情を批評し、時に図なども用いて実情を示している。彼らの目に珍奇に写った諸々は、一種の感想を添えてそのまま書き表している。知りたかったこと、知るべきことが次々に現れ、実に面白く、一気に読み上げてしまった。

数年前、これらの書画をスライドに写し、開国のいきさつをしばしば話すことがあった。するとたまたまそこへ来た鈴木氏から、この書を抄訳したいと求められた。私はすぐ快諾し、出来上がった翻訳を見たところ、独自に編が設けられていて読みやすく、しかも適切な取捨によって原書の真意を損ねることなく伝ていた。これは鈴木氏の尽力の結果である。

明治四十五年五月 海軍造船大監工学博士 櫻井省三

入力ノート

まずは櫻井省三による序文。同名の軍人が帝国陸軍にいたが、それとは別の工学博士である。東京帝大の教授、海軍の造船大佐なども務めた人物で、日本の化学の先駆者櫻井錠二の兄にあたる。造船の専門家として、アメリカのユニオン鉄工所に発注された笠置 (防護巡洋艦)千歳 (防護巡洋艦)の建造監督に現地へ赴き、その際に原書や図等を手に入れた、とある。

省三は卷を措く能はざるものありきなどと表現するほど、一気に読んでしまったようだ。ペリー来航から100年にもならない明治の末年、新興国として欧米列強に並ぼうという日本で海軍の要職に就く人物。その彼にとって、激動の100年の端緒となった黒船来航を、ペリーの側から記した史料は、実に面白かっただろう。まして当時のアメリカとの関係は実に良好で、前述の通り軍艦を発注し幹部を派遣するほどだ。

ペリーによる黒船来航は、一般に武力を示して開国を迫ったと語られる。省三がこの序を書いた当時も、同じような認識だったのかもしれない。だからこそ、平和と新厚とを以て我に臨みし北米合衆國のごときもの他に其の國ありしか浦賀の砲聲は日本開國の第一祝砲となりなどと、「開国を迫ったのがアメリカで幸運だったのだ」という一文を序に掲げたのだろうか。あるいは、原著を英語を読めるのだから、元々新英米の気のある人物だったのかもしれない。

いずれにせよ、この本が出版された明治45年、明治天皇が崩御し、劇的な変化の明治という時代が終わる。その明治の末年に、その根を掘り起こす史料が、抄訳とはいえ出版されたことそのものが、実に興味深い。

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